31歳 男 「普通」を心がけた。自分が普通ならば、悪いのは相手。

 blastと申します。

私は、小学校高学年から中学2年までの間、不登校でした。

 原因は明確です。

イジメです。

 当時、私は何をするにも人の指示がないと動けなく、また自分から意思をはっきりと示すこともない子供でした。

 ゆえに、何をされても嫌だと言うことが出来ず、積極的にイジメに加担することがないクラスメイトからも、「イジメられても何も言わないやつ」として避けられ、孤立を深めていました。

 そんな状況から脱することができたのは、しかし己の力ではありませんでした。

 周囲の状況の変化です。

 とはいえ、信頼する恩師が出来たとか、助けてくれるクラスメートがいたとか、そういった美談ではありません。

 単に、私をイジメていた周囲の方が勝手に大人になり、「そういった」行為から足を洗っていったのです。

 今にして思えば単純です。

きっと皆、周囲に同調していただけだったのでしょう。

思い出してみれば、孤立こそすれ、積極的にイジメに加担していたのはほんの2~3人だったと解ります。

 しかし、それでもなおこちらを避け、あるいは攻撃的な言葉や行動を行ってくる輩はいました。

 そんな彼らに私がしたのは、ただ単純。

普通でいることです。

 初期において、周囲全てが敵であった状況では出来なかったことですが……単に彼らから距離をとることをやめ、「普通」でいることを心がけたのです。

 別に立ち向かえと言うのではありません。

 別にやり返せと言うのではありません。

 例えば、廊下ですれ違うとき。

怖がって彼らを避けていたことをやめ、最大限の無理をして、ただ普通の距離感で、普通にすれ違うことにしたのです。

 ほかのクラスメートと同様。

 あるいは、見知らぬ誰かと同様に。

 正直、並大抵のことではありませんでした。

何せ、小学校の高学年、もっとも活発に遊びまわるべき楽しい時期を、私は彼らによって潰されたも同然だったのですから。

 しかし、無理をしました。

しかし、努めました。

しかし、普通でいました。

 ほかの人と接するのと同じことを、彼らに対しても心がけようと、そう思ったのです。

 そうしながら少しづつ学校へいく回数を増やしていき、どうにか高校入学までには、私は周囲と同様であると思える程度に己を立ち直らせることができたのです。

 今にして思えば、きっとそんな私の態度が悪かったのかも知れません。

 彼らが私に対し、嫌悪感や攻撃的な意思を見せていたのと同じように、私もまた、彼らに対して嫌悪感や回避行動をとってしまっていた。

 彼らのしたことが差別・区別であったなら、私が彼らにしたこともまた差別・区別であったのかも知れません。

 ただ普通でいること。

他のひとと同じように彼らに接すること。

これを私は、己の恐怖心から放棄してしまっていたのでしょう。

 ゆえに、もしも同じように思い、悩んでいる人がいるならば、少し周りを観察してみるといいのかも知れません。

 彼らは何をしているでしょう。

何を見て笑っているでしょう。

何をして楽しんでいるでしょう。

 立ち向かえと勇気を振り絞る必要はありません。

やり返せと己を奮い立たせる必要もありません。

 かと言って私は、周囲に合わせろ、と言っているのでもありません。

 ただ、こちらがあちらに歩み寄らない限り、あちらがこちらに歩み寄ってくることもないのだと、それを知っていてほしいと思います。

 そして、私はそれをする気概も勇気もなかったからこそ、せめて「普通」にしていよう、と思ったのです。

 そうであれば、こちらを攻撃してくる向こうこそが「悪者」なのだ、と。

 自分に非はないのだから、堂々としていよう、と。

そう思える日も少し近づくのではないでしょうか。

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