56歳男性 とにかく学校に行く 人との出会いが大切だと思う

私は現在50代男性で、学習関係の仕事をしています。

私が不登校になったのは、高校に進学してまもない頃のことです。

理由は、中学校とは違う環境になじめなかったことで精神的にまいってしまったことと、疲労が取れなくなってしまい、登校する気力がなくなってしまったことでした。

そこは県内でも指折りの進学校だったので、ドロップアウトしてしまった生徒と友だちになろうとする人もいなかったのです。

親は私のことをただのサボりだと決めてしまい、毎朝学校に行こうとしない私を厳しく叱って、無理矢理家から出してしまいました。

私はその地域内を当てもなく歩きまわったり、ゲームセンターで過ごしたりして時間をつぶし、夕方には学校に行った振りをして、家に帰りました。

しかし、数週間してから、学校から親に連絡が入って、不登校がばれてしまいました。

それで、仕方なく学校に行こうとしたのですが、朝家を出る時間が遅くて遅刻してしまい、クラスのみんなの前で担任の先生に厳しく叱られてしまいました。

そして、翌朝にも再び遅刻してしまったので、その日は登校をあきらめ、再び街中を歩き回って、高校には行きませんでした。

そんなことがあってからは、担任の先生も考え方を変え、遅刻しても私を叱らないようになりました。

高校1年の2学期が終わる頃、やがて街中を歩き回ることにも飽きてしまい、夕方になるまでは家にも帰れないので、仕方なく高校に行くようになりました。

それでも遅刻の常習癖はなかなか改まりませんでした。

担任の先生は何も言わず、席に着くようにとだけ言いました。

これは高校2年の終わりまで続きました。

席に着いてからは、とにかくすわっていることだけ考えました。

疲れやすくて疲労回復が難しい状況は変わらなかったのですが、とにかく座り続けました。

これは、当時の私にはとても辛くて、まるで修行でした。

やがて数学の授業がとてもわかりやすくて、面白いことに気づきました。

私は数学が好きになりました。

高校3年には定期試験で満点を取りました。

私は1年浪人して理系の大学に進学しました。

後悔していることがあるとすれば、少年の頃から人を気遣うことができていればよかったなと思います。

それができていれば、私が不登校になったとき、私を気遣ってくれるだれかがいてくれたかもしれません。

そういう人にもっと早く出会えていれば、もっと早く不登校から回復できたと思います。

現在では、不登校の生徒に対していろいろなサポート体制が充実しています。

市役所にも相談の窓口があります。

さしのべられた手に不登校生徒も手をのばせれば、そこから何かが変るでしょう。

どうか、その手を離さないでほしいと思います。

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